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歴史の道百選

27.浜街道―鑓水峠越

幕末から明治期にかけて日本の近代化と国際貿易を支えた世界的な生糸輸送路(絹の道)の極めて重要な拠点であり、その当時の未舗装の道形や掘割、石畳などの遺構が、開発の波を免れて奇跡的に良好な状態で残されている。近代貿易の歴史的価値と、遺構の保存状態の良さが、東京都内で唯一選定される決め手となった

浜街道―鑓水峠越
読み はまかいどうーやりみずとうげごえ
所在地 東京都八王子市
主な特徴 ・ 短命だからこそ遺された「奇跡の未舗装路」
 この道が「絹の道」として機能したのは、1859年の横浜開港から1908年の横浜鉄道(現・JR横浜線)開通までのわずか約50年間だった。鉄道の開通によって速やかに物流の主役が移り、街道としての役目を終えたため、近代化による過度な開発や舗装の波に飲まれることなく、深く窪んだ「掘割状(ほりわりじょう)」の山道や土のぬくもりがそのまま現代へと保存された。
・ 馬車や荷車の往来を支えた「石畳の工夫」
 選定された未舗装区間には、当時、大量の生糸を載せた馬や荷車が通った足跡が見られる。雨の日でも車輪や馬の足元がぬかるみに沈まないよう、傾斜の急な場所や主要な箇所にはぬかるみ防止の石が敷き詰められており、日本の近代化を支えた当時のインフラ整備の知恵を肌で感じることができる。
・ 近代日本の主役たちが交錯した「国際色豊かな歴史舞台」
 単なる物資の輸送路に留まらず、多くの著名人が行き交った。鑓水商人:生糸の仲買で巨万の富を築き、「石垣大尽」と呼ばれた豪商たち。八王子千人同心が、開港直後の横浜を警護するためにこの峠を越えた。トロイの遺跡発掘で有名な考古学者ハインリヒ・シュリーマンや、写真家のフェリックス・ベアトなどの西洋人も、当時の日本の養蚕文化を視察するためにこの鑓水峠を越え、記録を残している。
顔出し看板情報 ー
その他 ・
・ 最新情報は公式ホームページ等でご確認ください。

 
風景いろいろ

浜街道―鑓水峠越の風景  浜街道―鑓水峠越の風景

 
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