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日本風景マニアックス36景シリーズ

36景シリーズ

銅像36景

~日本各地に鎮座している印象的な36の銅像をセレクト!~



【銅像36景】・・・・・”補足情報”をクリックすると、その下に銅像の概要が表示されます。
イザナギノミコトとイザナミノミコトの風景
1. イザナギノミコトとイザナミノミコト
 もっと見る 日本神話の国産み・神産みに登場する夫婦の祖神。高天原の神々から国造りを命じられ、天逆鉾でかき混ぜた雫から淡路島など日本列島を形成。 また、アマテラスなど多くの神々を産んだ。妻のイザナミが火の神を産み崩御した際、夫のイザナギが黄泉の国へ追う「黄泉の国訪問」の悲劇的な神話でも有名。

岩崎弥太郎の風景
2. 岩崎弥太郎
 もっと見る 幕末から明治時代の日本の実業家。高知県出身。土佐藩の政商として頭角を現し、明治政府の保護のもと海運業を独占して莫大な利益を上げた。 後の「三菱財閥」の創業者。政商から近代的な大企業集団へと発展させ、日本の近代産業や海運業の礎を築いた、日本を代表する傑出した大実業家。

たつこの風景
3. たつこ
 もっと見る 秋田県仙北市にある、日本一深い湖「田沢湖」の湖畔に佇む金色のブロンズ像。彫刻家・舟越保武の作。永遠の美しさを願い、 龍へと姿を変えた伝説の美女「たつこ姫」の神話をモチーフに1968年に建立。澄んだ青い湖水に映える美しい立ち姿が特徴で、田沢湖を象徴する人気の観光スポット。

細川たかしの風景
4. 細川たかし
 もっと見る 細川たかしは日本の演歌歌手。1975年「心のこり」でデビューし大ヒットを記録。「北酒場」や「矢切の渡し」で日本レコード大賞を連覇するなど数々の賞に輝く。 圧倒的な声量と抜群の歌唱力で演歌界を牽引し、近年は独特な髪型や親しみやすいキャラクターでもバラエティ番組等で広く愛されている。

宮本武蔵と佐々木小次郎の風景
5. 宮本武蔵と佐々木小次郎
 もっと見る 江戸時代初期の伝説的な二大剣豪。二刀流の流派「二天一流」を興した宮本武蔵と、秘剣「燕返し」を操る天才剣士の佐々木小次郎。1612年に巌流島(舟島)で世紀の決闘を行い、 約束の時間に遅れて現れた武蔵が、船の櫂を削った木刀で小次郎を破った逸話は、小説や映画等で今なお語り継がれる。

近藤勇の風景
6. 近藤勇
 もっと見る 幕末の武士、新選組局長。武蔵国多摩の農家出身で、天然理心流の宗家を継承。1863年に京都へ赴き新選組を結成。池田屋事件などで過激派浪士を取り締まり、京都の治安維持に貢献。 戊辰戦争では甲陽鎮撫隊を率いるも敗北。新政府軍に捕らえられ、板橋の刑場で斬首された、義に生きた新選組の象徴。

桂小五郎の風景
7. 桂小五郎
 もっと見る 幕末から明治初期の政治家。のちの木戸孝允。西郷隆盛、木戸(桂)、大久保利通と並ぶ「維新の三傑」の一人。長州藩のリーダーとして坂本龍馬の仲介のもと薩長同盟を結成。 明治新政府では五箇条の御誓文の起草や版籍奉還、廃藩置県を推進。激動の新国家建設を理論と実行力で牽引した最高指導者。

乙女の像の風景
8. 乙女の像
 もっと見る 青森県十和田市の十和田湖畔に建つ一対のブロンズ裸婦像。1953年に国立公園指定15周年を記念して建立。近代日本を代表する彫刻家・詩人の高村光太郎の最後の大作として有名。 高さ約2.1mの2体の像が向かい合い、手を重ねる姿が特徴。モデルは光太郎の妻・智恵子とされる、湖の象徴的シンボル。

水戸黄門の風景
9. 水戸黄門
 もっと見る 江戸時代前期の水戸藩主・徳川光圀の別称、および彼を主人公とした国民的時代劇。助さん・格さんら供を連れ、身分を隠して全国を行脚。 各地の悪代官や悪徳商人を懲らしめ、最後に「この紋所が目に入らぬか」と印籠を掲げて事件を解決する勧善懲悪の物語。日本の大衆文化における不朽のヒーリー。

坂本龍馬の風景
10. 坂本龍馬
 もっと見る 幕末の土佐藩郷士、実業家。薩長同盟の仲介や大政奉還の建白、新国家の指針「船中八策」の策定など、日本の近代化に最も貢献した不世出の英雄。 日本初の商社「亀山社中(のちの海援隊)」を結成し、卓越した国際感覚と行動力で時代を動かした。1867年に京都の近江屋で暗殺され、短い生涯を閉じた。

土方歳三の風景
11. 土方歳三
 もっと見る 幕末の幕臣、新選組副長。「鬼の副長」と恐れられ、厳格な局中法度で組織を統率し京都の治安維持に尽力。戊辰戦争では榎本武揚らと蝦夷地へ渡り、 箱館政府の陸軍奉行並として新政府軍と激戦を繰り広げた。1869年に一本木関門付近で壮絶な戦死。最後まで武士の誇りを貫いた姿で今なお絶大な人気を誇る。

ジョン万次郎の風景
12. ジョン万次郎
 もっと見る 江戸時代末期から明治の翻訳家、通訳、国際人。本名は中浜万次郎。高知県出身。14歳で漁に出て遭難し米国船に救助され渡米。英語や測量、航海術を学び1851年に帰国。 幕末の開国期に初の本格的な英語辞書の執筆や勝海舟らの咸臨買での渡米を支え、日米の架け橋として近代化に多大な貢献を果たした。

間宮林蔵の風景
13. 間宮林蔵
 もっと見る 江戸時代後期の探検家、隠密。常陸国出身。伊能忠敬に測量術を学び、蝦夷地(北海道)や樺太(サハリン)の調査に尽力。1808年の探検で樺太が島であることを発見し、 その間の海峡は世界的に「間宮海峡」と命名。極寒の地を命懸けで調査し、日本の領土確定や詳細な地図作製に大きく貢献した偉人。

伊能忠敬の風景
14. 伊能忠敬
 もっと見る 江戸時代の商人、測量家。50歳で隠居後に江戸へ出て天文学や測量を学び、55歳から17年をかけて日本全国を歩いて測量。独自の精密な測量技術により、 日本初の実測日本地図『大日本沿海輿地全図』を完成させた。実確な地形を捉えたその功績は、日本の近代地図作製の先駆として高く評価。

クラーク博士の風景
15. クラーク博士
 もっと見る アメリカの植物学者、教育者。1876年に来日し、札幌学校(現北海道大学)の初代教頭に就任。キリスト教的精神に基づく自由で厳格な教育で、佐藤昌介や新渡戸稲造、 内村鑑三らの逸材を育てた。帰国時の別れの言葉「少年よ、大志を抱け」はあまりにも有名。札幌の羊ヶ丘展望台の銅像が象徴的。

伊達政宗の風景
16. 伊達政宗
 もっと見る 戦国時代から江戸時代初期の武将、大名。出羽国・陸奥国の広大な領土を支配した仙台藩の初代藩主。幼少期に病気で右目を失明したことから「独眼竜」の異名を持つ。 豊臣秀吉や徳川家康ら天下人と渡り合い、仙台城を築城して東北の発展に尽力。洗練された文化を好み「伊達男」の語源となった。

豊臣秀吉の風景
17. 豊臣秀吉
 もっと見る 戦国時代から安土桃山時代の武将、天下人。織田信長に仕え、足軽から頭角を現して重臣となった。本能寺の変の後、明智光秀や柴田勝家を破って信長の後継者となり、 1590年に全国統一を達成。関白や太政大臣に就任し、太閤検地や刀狩りなどの政策で兵農分離を進め、近世日本の基礎を築いた。

織田信長の風景
18. 織田信長
 もっと見る 戦国時代から安土桃山時代の武将、天下人。尾張国から台頭し、桶狭間の戦いで今川義元を破り勢力を拡大。足利義昭を奉じて上洛し室町幕府を滅ぼした。 楽市楽座や鉄砲を用いた戦術など革新的な政策を導入し、天下統一へ邁進するも1582年に本能寺の変で家臣の明智光秀に裏切られ自害した悲劇の英雄。

武田信玄の風景
19. 武田信玄
 もっと見る 戦国時代の甲斐国(山梨県)の守護大名、戦国大名。智略と軍事力に優れた「甲斐の虎」と称される。最強と謳われた「武田騎馬軍団」を率い、 上杉謙信との川中島の戦いや徳川家康を破った三方ヶ原の戦いが有名。領国経営では甲州法度の制定や堤防「信玄堤」の築造に尽力し、今も山梨で郷土の英雄。

田中角栄の風景
20. 田中角栄
 もっと見る 昭和中期に活躍した第64・65代内閣総理大臣。新潟県出身。「今太閤」や「コンピュータ付きブルドーザー」の異名を持ち、抜群の行動力と指導力で1972年に日中国交正常化を成し遂げた。 独自の「日本列島改造論」を掲げて高速道路や新幹線などのインフラを整備し、高度経済成長期を牽引した政治家。

朝潮太郎の風景
21. 朝潮太郎
 もっと見る 「朝潮太郎」は相撲界の名跡。歴代の中で特に著名なのは、昭和30年代に活躍した第46代横綱(鹿児島県徳之島出身)と、昭和50年代に大関として活躍し後に高砂親方となった4代目の2人。 恵まれた体躯と豪快な押し相撲で人気を博し、引退後も親方として横綱朝青龍らを育てるなど相撲界に大きく貢献。

天草四郎の風景
22. 天草四郎
 もっと見る 江戸時代初期のキリシタン。本名は益田四郎。1637年に勃発した日本最大の一揆「島原・天草の乱」において、わずか16歳前後でキリシタン民衆や浪人たちから神格化され、 総大将に仰がれた。原城に籠城して幕府軍と激戦を繰り広げたが、最後は城が陥落し戦死。悲劇の美少年として今も語り継がれる。

美空ひばりの風景
23. 美空ひばり
 もっと見る 昭和から平成にかけて活躍した日本の伝説的歌姫。「歌謡界の女王」と称される。9歳でデビューし、『悲しき口笛』『東京キッド』『川の流れのように』など数々の不朽の名曲を遺した。 映画や舞台でも大成功を収め、国民的スターとして絶大な人気を誇る。1989年に女性として初の国民栄誉賞を受賞。

月の砂漠の風景
24. 月の砂漠
 もっと見る 加藤まさをが作詞、佐々木すぐるが作曲した大正時代を代表する日本の有名な童謡。月夜の砂漠をラクダに乗った王子様とお姫様が旅をする幻想的な情景を描く。 千葉県御宿町の御宿海岸が舞台のモデルとされ、現地にはラクダに乗った2人の記念像や記念館が建てられ観光名所となっている。

加藤清正の風景
25. 加藤清正
 もっと見る 戦国時代から江戸時代初期の武将、大名。豊臣秀吉の飼い子として育ち、賤ヶ岳の戦いで七本槍の一人として武功を挙げた。朝鮮出兵での活躍や熊本藩の初代藩主として知られる。 築城の名手であり熊本城名古屋城の建設に貢献。治水や新田開発にも尽力し、 今なお熊本で「清正公さん」と慕われる。

スタルヒンの風景
26. スタルヒン
 もっと見る ロシア出身の伝説的プロ野球選手。旭川中学(現旭川東高)から巨人(旧大日本東京野球倶楽部)に入団。日本プロ野球史上初の通算300勝を達成した大投手。 1939年にはシーズン42勝の最高記録を樹立。沢村栄治とともにプロ野球黎明期を支えた。死後、旭川の球場に「スタルヒン球場」の名が冠された。

寅さんとさくらの風景
27. 寅さんとさくら
 もっと見る 映画『男はつらいよ』シリーズの主人公「寅さん」こと車寅次郎と、その妹「さくら」の兄妹。型破りで旅から旅へ粋な人生を送るフーテンの寅次郎と、 柴又の団子屋で暮らし兄を常に温かく迎え支える聡明な妹さくらの絆を描く。東京の葛飾柴又駅前には、2人が見つめ合う姿の銅像が並んで設置されている。

小便小僧の風景
28. 小便小僧
 もっと見る 徳島県三好市の日本三大秘境「祖谷渓」にあるブロンズ像。祖谷街道屈指の難所「七曲り」に位置し、谷底まで約200メートルの断崖絶壁にせり出した岩の上に立つ。 かつて地元の子供や旅人が岩の先端で度胸試しをした逸話をもとに、1968年に設置された渓谷の象徴的な珍スポット。

ジーコの風景
29. ジーコ
 もっと見る ブラジル出身の伝説的サッカー選手、指導者。本名はアルトゥール・アントゥネス・コインブラ。「白いペレ」と称され、卓越したテクニックと高い得点能力で世界を魅了。 1991年に来日して鹿島アントラーズの礎を築き、日本サッカー界の発展に大きく貢献。後に日本代表監督や鹿島のTDも務めた。

両津勘吉の風景
30. 両津勘吉
 もっと見る 秋本治の漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公。亀有公園前派出所に勤務する巡査長。太い繋がった眉毛と下駄姿がトレードマーク。 破天荒な性格で、無類のギャンブル好きかつ超人的な身体能力を持つ。数々の副業や事業を立ち上げては大失敗するが、下町の人々に愛される昭和の熱血警察官。

ベートーベンの風景
31. ベートーベン
 もっと見る ドイツ出身の古典派・ロマン派を代表する大作曲家。「楽聖」と称される。20代後半から難聴に苦しみ、 後に完全に聴覚を失う絶望の中で『運命』や『第九』など音楽史に残る数々の不朽の名曲を生み出した。芸術家の自立を体現し、 形式に囚われない情熱的かつ革新的な表現で後世に巨大な影響を与えた。

宮沢賢治の風景
32. 宮沢賢治
 もっと見る 岩手県出身の詩人・童話作家。地質学や農業を学び、羅須地人協会を設立して農民指導に尽力。生前は無名に近かったが、没後に評価が急上昇。 代表作に『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』、詩「雨ニモマケズ」などがある。仏教精神に基づいた独自の宇宙観や、深い自然愛に満ちた作品群が特徴。

和泉式部の風景
33. 和泉式部
 もっと見る 平安時代中期の歌人。越前守・大江雅致の娘。冷泉天皇の皇子である為尊親王や敦道親王との熱烈な恋愛で知られ、藤原道長から「浮かれ女」と評された。 後に一条天皇の中宮・彰子に出仕。紫式部らと交流し、情熱的で哀切に満ちた数々の名歌を残す。『和泉式部日記』の著者で、三十六歌仙の一人。

ドカベンの風景
34. ドカベン
 もっと見る 水島新司による日本の本格野球漫画の金字塔。明訓高校野球部に所属する「ドカベン」こと天才捕手・山田太郎と、岩鬼正美、殿馬一人、里中智ら個性豊かな仲間たちが、 甲子園を舞台に全国の強豪ライバルたちと激闘を繰り広げる姿を描く。登場人物の緻密な心理描写やリアルな戦術が特徴の名作。

尚円王の風景
35. 尚円王
 もっと見る 琉球王国(沖縄県)の第二尚氏王統の初代国王。伊平屋島出身で、旧名は金丸。第一尚氏王統の重臣として頭角を現し、御物城御鎖側官などの要職を歴任。 1469年に周囲の推挙を受けて即位し、尚円王と名乗る。以後、約420年間にわたり琉球の繁栄と平和をもたらす新王統の基礎を築いた偉人。

西郷隆盛の風景
36. 西郷隆盛
 もっと見る 幕末から明治初期の政治家・軍人。大久保利通や木戸孝允と並ぶ「維新の三傑」の一人。薩摩藩士として薩長同盟の結成や江戸城無血開城を成し遂げ、明治新政府の樹立に大きく貢献。 後に征韓論などを巡り下野し、1877年の西南戦争で不平士族の首領として戦い敗死。上野恩賜公園の銅像でも有名。

【銅像とは】
銅や錫、亜鉛などの合金である青銅(ブロンズ)を用いて作られた像。彫刻芸術の一種であり、耐久性や耐候性に優れることから、 古くから世界中で歴史上の偉人、神仏、記念碑的な人物を称えるために屋外へ設置されてきた。美術的な価値だけでなく、歴史や文化を後世に伝える役割を果たす。

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